父は娘へビシッとひとこと言えるか........「俺はまだ本気出してないだけ」
「俺はまだ本気出してないだけ」というのは青野春秋さんによる漫画で全5巻。
私はこれより先に映画「俺はまだ本気出してないだけ」(2013)を観ているんです。
映画は映画でとても面白かったんですよ。
そこで原作の漫画も読んでみようということになったわけです。
1.映画と原作
これまで振り返っても、映画観てから原作を読んでみようという行動にはあまり走った覚えはありませんね。
それだけこの主人公の行く末が気になったかな?? 多分。
主人公の大黒シズオですが映画で主人公を演じたのは、堤真一さん。
堤さんは変なもじゃもじゃ頭にメガネ、ちょっと・・いや、かなりださい、グータラな主人公を演じていましたが、元は男前ですし、太ってもいません。
漫画の方はと見ると、デブ、メガネ、目が細い、と典型的な不細工男。
絶対、女性にはもてないタイプ。
しかも一人娘がありながら、40歳にして突然、会社を辞めマンガ家を目指すという、彼の父親ならずとも「オマエは世の中なめてんのか?」「バカなの?アホなの?脳くさってるの?」と怒り狂いたくなる人間。
傍から見てても、うざいタイプ。
友だちにしたいとはあまり思わないタイプでしたけどね・・・・
2.娘のバイトに対して父のひとこと
なんでこんな男にこんないい娘が?? というほどいい娘の鈴子。
彼女には建築家を目指してフィンランドに留学するという夢があります。
その夢実現のためには当然、相当のお金が必要。
というわけで彼女は風俗でアルバイト始めるんです。
16歳なのに18歳と偽って。
で、この風俗店で父親のシズオとばったり出くわすんですね。
まあ、シズオがその風俗に客として行っててたまたま、なんですけど。
留学のためにお金が必要でアルバイトしていると事情はわかっても、父親としては嫌ですよね。
可愛い娘が風俗でアルバイトするなんて。
いかに時給が他よりいいとしても。
私だったらどうするでしょう。
「俺が金は何とかするからバイトは辞めろ」でしょうか?
「あんなアルバイトしてると自分のためにならない・・云々・・」と理屈をこねるでしょうか?
それとも「お母さんが知ったら悲しむぞ・・・」でしょうか?
いや、店で会った瞬間、カッときて怒りを爆発させるかもしれませんね。
娘にしたらどうでしょう。
やはり傷つくでしょうか。
父親に言われそうなことくらい先刻承知でアルバイトしているのでしょうし。
ここのシズオが素晴らしいです。
普段、自分勝手な行動をして家族みなに迷惑をかけているわけですから、そんな自分がこんな時だけ家族に偉そうに注意なんかできるのか、と気が引けそうにも思いますが。
シズオはデスクに向かってマンガを描きながら鈴子の方は見ずに言います。
「あっ鈴子、一つだけお願いしていい?」
「何?」
「あの仕事は辞めなさい。」
凄いなあ、と思いました。
このひとことをビシッと言えるのが・・・
その前にアルバイトの一件を知ったシズオが夕日傾く公園で一人ブランコに座ってうなだれている後ろ姿が描かれています。
そしてそんな父を後ろから見ている鈴子。
このワンカットがいいです。
胸に迫ります。
「がっかりさせたかなと思った・・・けれど・・・父は自分自身にがっかりしているように見えた・・・」
シズオは娘にがっかりなどしていないのですよね。
ふがいない自分にがっかりしているわけです。
そんなふがいない父ですが、他にお金のあてもないのに、それでも「あの仕事は辞めなさい」と言えるところが、いいなと思いました。
娘のことを心から思っていることがわかるひとこと、ですね。
実は、鈴子は父の後ろ姿を見た、その日のうちにバイトを辞めます。
だからシズオが「辞めなさい」と言った時点では、既に鈴子は辞めていたわけなんです。
でも「あのバイトはもう辞めたよ・・・」なんてこと言いません。
シズオの「辞めなさい」に対して「・・・はい。」だけです。
そして心の中では(言うと思った・・・)と。
ここの数カットは本当に何度見てもいいんです。
鈴子は、シズオがどれだけ自分のことを大切に思ってくれているかをわかっているんですね。
賢い娘です・・・
3.もう本気出している
このマンガは全5巻ですが、5巻目にグッと盛り上がって来ます。
といってもシズオは相変わらず格好悪いのですけど。
しかし皆が寝静まった深夜も「カリカリ・・」とマンガのペンを走らせます。
それと会社辞めてから始めたファーストフード店でのアルバイトをまだ続けているんですね。
鈴子が留学から帰ってくる5年後も続けています。
そのこともほんの一コマでわかるのですけど、そこがまたいいんですよね。
このアルバイトをしながら毎日深夜までマンガのペンを走らせる、この二重生活(二足の草鞋)を何年も継続している時点で、もうシズオは本気出していますよね、と思いました。
いや全然、本気ですよね。ずっと本気です。
アルバイトしているわけですから、まだデビューできていないということなのでしょうけど、こんな二重生活を何年も継続できていることが彼の本気の証明ですよね。
そんなことなかなか出来ませんよ。
疲れるし、給与も安いし・・・いつ夢かなうかわからないし。
もしかして無駄な努力に終わるかもしれないし。
このマンガですが、画は最初見たとき、「なんだこれ?!」って苦笑するほど、上手ではないです。
何の予備知識もなければ「へたな画」と思って、手に取ってもみなかったかもしれません。
でもマンガって画の上手い下手でもないですね。
今ではこの画が妙に味があって、内容にも合っているなと思っています。
あの夕日傾く公園のシーンなんて、誰でも描けそうにも思えるようなレベルの下手な画と一見思えますが、きっと違うのでしょうね。
自分自身にがっくりきたシズオ、その後ろ姿の画は、最高でした。
結局、5巻までのマンガにおいては、シズオはまだ漫画家としてデビューは出来なかったようです。
でもこのマンガ、シズオが漫画家になれるかどうか、漫画家になるために苦闘する日々、を描いたわけではなさそうです。
作者は、ラストシーンの鈴子のひとことを描きたかったように思いましたよ。